管理薬剤師は割に合わない?「調剤ベースアップ評価料」で見えた、薬局経営の残酷な本音

診療報酬・制度の解説

「診療報酬改定で薬局の給料が上がる」という話を聞いたことがある人も多いと思います。2024年度改定では医科向けのベースアップ評価料が先行して導入されましたが、調剤薬局向けの「調剤ベースアップ評価料」は2026年度(令和8年度)改定で新設されました。

ただ、この制度をちゃんと読み込むと、単純な「賃上げ政策」ではないことが見えてきます。むしろ、薬局経営者の姿勢と会社の体質が露骨に出る「踏み絵」のような制度だと思っています。

この記事では、制度の仕組みを整理しながら、転職を考えている薬剤師が知っておくべき「制度の裏側」を書いておきます。


まず制度の基本を押さえておく

調剤ベースアップ評価料(区分40)は、保険薬局に勤務する職員の賃金改善を目的とした点数です。施設基準を満たして地方厚生局に届け出た薬局が、処方箋受付1回につき4点を算定できます。

点数:4点(処方箋受付1回につき)

1点=10円なので、1枚の処方箋で40円。月1,000枚受付ける薬局なら月4万円の収入になります。

なお、令和9年6月以降はこの点数が8点(月8万円相当)に引き上げられる予定です。

2026年度改定では同時に「調剤物価対応料(区分41)」も新設されています。3ヶ月に1回、1点を算定できる点数で、令和9年6月以降は2点になる予定です。


「賃上げに使うこと」が義務づけられている

この制度の核心は「使途制限」にあります。留意事項にはこう書かれています。

当該評価料により得られる収入は、当該算定項目の対象職員の基本給又は決まって毎月支払われる手当の引き上げ及びそれに伴う賞与、時間外手当、法定福利費等の増加分以外に用いることはできない。

つまり、この点数で得た収入は基本給や手当の引き上げにしか使えないというルールです。薬局の運営費や設備投資に回してはいけない。

言い換えれば、国が診療報酬を通じて「薬局はスタッフの給料を上げなさい」と強制している制度です。


誰の給料が上がるのか——対象職員の範囲に驚く

ここが制度の核心でもあり、最も「へえ」となる部分です。

施設基準の届出書類には、「対象職員」の定義がこう書かれています。

対象職員から除外される者:

  • 事業主・使用者・開設者(オーナー・経営者層)
  • 管理者(管理薬剤師)
  • 40代以上の薬剤師
  • 業務委託により勤務する者(派遣薬剤師など)
  • 本部職員・エリアマネージャーなど、管理的業務に専従する者

つまり、管理薬剤師はこの制度の恩恵を受けないわけです。40代以上の薬剤師も対象外です。一方、事務職員には年齢制限がないため、40歳以上の事務スタッフは対象になります。

薬局で一般的に対象になるのは「30代以下の薬剤師」と「事務職員(年齢問わず)」ということです。


この制度が生む「構造的な歪み」

ここからが本題です。

誠実に賃上げしてきた薬局ほど効果が薄い

この制度は「賃上げをしていなかった薬局ほど伸びしろが大きく見える」という逆説を生みます。

これまで毎年きちんと昇給を続けてきた薬局は、すでにスタッフの給与水準が高い。ベースアップ評価料で月4〜8万円程度の財源が加わっても、追加の賃上げ余地は小さい。

一方、これまで給与を低く抑えてきた薬局は、この制度を使って「今年から賃上げします」と宣言できます。外から見ると「ベースアップ評価料を算定しています=賃上げしています」という体裁が整う。でも、スタート地点の給与水準が違います。

「制度を届け出ているか」だけを見ていると、この差は見えません。

管理薬剤師手当は、数年で追いつかれる

もうひとつ気になるのが、「管理薬剤師の相対的な価値の変化」です。

30代以下の薬剤師の基本給は制度によって毎年底上げされる方向に動きます。でも管理薬剤師は対象外。

ひとつ具体的なケースで考えてみます。

処方箋月1,600枚・事務8名・30代以下の薬剤師1名・40代以上の薬剤師複数・管理薬剤師1名という薬局

ベースアップ評価料の財源は4点×1,600枚=6,400点、月64,000円です。

対象職員は事務8名と30代以下の薬剤師1名の計9名。1人あたり月7,100円が原資ですが、社会保険料の事業主負担増も含まれるため、実際に手取りに上乗せできる額は月6,000円程度になります。

仮に管理薬剤師手当が月3万円あったとして、30代以下の薬剤師が年間6,000円ずつベースアップしていけば、5年で追いつきます。年間1万円ペースなら3年、5,000円ペースなら6年です。

40代以上の薬剤師や管理薬剤師はそもそも制度の対象外なので、賃上げしようとすれば会社の自腹になります。令和9年6月以降に点数が8点に引き上げられると財源が倍になるため、そのペースはさらに早まります。

管理薬剤師は処方箋の最終確認責任・薬局の法的責任・スタッフ管理・行政対応など、一般薬剤師より明らかに重い仕事を担っています。それにもかかわらず、制度の設計上は給与の差が年々縮まる方向に動きやすい。「管理薬剤師手当が別枠で設計されているか」だけでなく、「その手当が毎年見直されているか」まで確認しないと、数年後に割に合わない状況になりかねません。

「責任は増えたのに給与の差は縮んだ」という状況が続けば、「管理職にならなくていい」という判断をする薬剤師が増えても不思議ではありません。

40代以上の一般薬剤師は「割高な存在」になりうる

もう少し踏み込んだ話をします。

管理薬剤師は薬機法上1名が必須なので、どの薬局でも置かざるを得ません。ただ、40代以上の「一般薬剤師」——管理職でも管理薬剤師でもない立場——については、経営側から見ると少し違う景色が見えてきます。

30代以下の薬剤師を雇えば、ベースアップ評価料という国の財源で賃上げコストが一部補填されます。一方、40代以上の一般薬剤師は給与水準がすでに高く、賃上げしようとすれば会社の自腹、しかも制度上は「対象外」として位置づけられている。処方箋をさばく現場の生産性が同程度であれば、純粋なコスト計算では不利なポジションです。

もちろん、長年の経験・患者との信頼関係・若手の育成力といった価値は数字には表れません。ただ、採用の優先順位やシフト構成の判断に、こういった制度の力学が影響してくる可能性はあります。

これは制度が意図した結果ではないでしょうが、構造として存在している話です。40代以上の薬剤師が転職先を選ぶ際には、「自分のポジションをどう評価しているか」「長く働いてもらう意志があるか」を、給与水準だけでなく会社の姿勢から読み取ることが、これまで以上に重要になってくると思います。

ここでもうひとつ重要な視点があります。制度の対象外となった管理薬剤師や40代以上の薬剤師を賃上げしようとすれば、会社は自分の利益から持ち出すしかないということです。

診療報酬からの財源はない。純粋に会社の判断とキャッシュの問題になります。それができる体力があるか、そしてやろうという意志があるか——この2点が、その薬局の経営の質と従業員への姿勢を測る試金石になります。

逆に言えば、「ベースアップ評価料の対象職員だけ賃上げして、管理薬剤師や40代薬剤師は据え置き」という薬局は、制度に言われたことしかやらない会社だということでもあります。

さらに踏み込むと、こういう判断をする薬局も出てきます——「そもそもベースアップ評価料を算定しない」

算定すれば、使途制限によって対象職員の賃上げが義務になります。でも対象外の従業員(管理薬剤師・40代以上の薬剤師)を同時に賃上げする余力がなければ、社内に不公平感が生まれる。それを避けるために、あえて届け出ない、という選択です。

実際、医科では先例があります。2024年度改定で先行導入された外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)について、診療所の届出割合は2025年3月時点で**27.8%**にとどまっています(中医協資料)。約7割の診療所が届け出ていない計算です。未届けの理由として挙げられているのは「手続きが煩雑」「いずれ制度が変わるリスクがある」「財源が足りなくなる懸念」といった声です。

調剤ベースアップ評価料は2026年度の新設ですが、同じような動きが出てくる可能性は十分あります。

届け出ない薬局=スタッフを大切にしていない、とは一概に言えません。ただ、「届け出ているかどうか」だけを転職先選びの基準にすると、実態が見えなくなります。大事なのは、届け出ているかより、全スタッフの賃金水準がどうなっているかです。


この制度を「会社選びのテスト」に使う

転職活動で使える視点を整理しておきます。

面接や条件確認の場面で、こんな問いかけをしてみると薬局の体質が見えてきます。

「ベースアップ評価料は通常の昇給と切り分けて支給されていますか?」

理想的な回答は「評価料による賃上げは別枠で管理していて、通常の昇給は例年通り維持しています」という内容。

問題があるのは「ベースアップ評価料が今年の昇給代わりになっています」というケース。制度の収入で昇給を肩代わりしているだけで、実質的な賃上げにはなっていません。

「管理薬剤師手当は評価料と独立して設計されていますか?」

管理薬剤師は制度の対象外なので、その分をどう手当で補っているかを確認する必要があります。「管理薬剤師だから昇給がない」という薬局は、制度に乗っかって責任だけが増える状況を生みやすい。


制度の数千円に一喜一憂しないために

正直なところ、1人あたりの財源規模はそれほど大きくありません。月1,000枚受付・スタッフ10人の薬局なら、1人あたりの原資は月4,000円程度(令和9年6月以降は8,000円程度)。社会保険料の増加分も含まれるため、手取りに乗る額はさらに少なくなります。

この数千円の変化に一喜一憂するより、制度の設計と運用に誠実な薬局を選ぶことの方が、長期的な年収差を生みます。

ベースアップ評価料を届け出ているかどうかより、「実際の給与水準が同規模の薬局と比べてどうか」「管理職の処遇が合理的に設計されているか」の方が、判断材料として重要です。

転職エージェントに相談する際にも、この視点で条件交渉に活かすことができます。複数の薬局の給与水準・手当の設計を比較してもらうことで、制度に踊らされない選択ができます。


まとめ

  • 調剤ベースアップ評価料(区分40):処方箋受付1回4点。令和9年6月以降は8点
  • 対象は30代以下の薬剤師・事務職員など。管理薬剤師・40代以上の薬剤師・派遣は対象外
  • 使途制限あり——得た収入は基本給・手当の引き上げ等にしか充当できない
  • 誠実に賃上げしてきた薬局ほど制度の「見た目効果」が薄くなる逆説がある
  • 制度の有無より、昇給の設計・管理職の処遇が合理的かを確認することが重要

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この記事の制度に関する記述は2026年6月時点の情報に基づいています。診療報酬の詳細は改定のたびに変わるため、最新情報は厚生労働省の告示・通知をご確認ください。

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