「理不尽なことを言われても、薬剤師は調剤を断っちゃいけない」
そう思って、ぐっとこらえた経験はありませんか?
かつての私もそのひとりでした。
病院薬剤師として10年以上働いたあと薬局に移り、患者さんと直接向き合う窓口の大変さを、あらためて感じています。
そんな中、2026年7月8日に厚生労働省から「薬剤師の調剤応需義務等について」という通知が出ました。
「どんなときなら調剤を断っていいのか」が、これまでよりずっと具体的に整理されています。
この記事では、通知の原文を読んだうえで、
- そもそも「調剤応需義務」とは何か
- カスハラで調剤を断れるのはどんなときか
- 逆に、断れないのはどんなときか
- 現場で私が実際に悩んでいること
を、できるだけわかりやすくまとめました。
10月からはカスハラ対策が事業主の義務になります。その前に、ぜひ一度目を通してみてください😊
そもそも「調剤応需義務」とは?
薬剤師法第21条には、こう書かれています。
調剤に従事する薬剤師は、調剤の求めがあつた場合には、正当な理由がなければ、これを拒んではならない。
これが「調剤応需義務」です。
医師の「応召義務」の薬剤師版、と考えるとイメージしやすいと思います。
問題は「正当な理由」がどこまで認められるのか、という点でした。
これまでの行政の解釈では、正当な理由はかなり限られていました。
- 処方箋に疑問があるのに、処方医に連絡がつかない
- 冠婚葬祭や急病で、薬剤師がいない
- 急ぎの薬なのに、取り寄せに時間がかかる
- 災害や事故で、物理的に調剤できない
つまり「カスハラを受けたから断る」という考え方は、はっきりとは示されていなかったんです。
7月の通知で何が変わったのか
今回の通知で一番大きいのは、次の一文だと私は思っています。
「調剤応需義務」は、薬剤師が国に対して負担する公法上の義務であり、薬剤師の患者に対する私法上の義務ではないこと。
少しかみくだくと、「患者さんに対して『必ず調剤します』と約束している義務ではない」ということです。
そのうえで通知では、
- 調剤を断っていい「正当な理由」の考え方
- 調剤はしても「薬を渡してはいけない」場合の考え方
の2つが整理されました。
しかも「今後は基本的にこの通知が基準になる」と明記されています。これまでのバラバラだった解釈を、一本化したかたちです。
判断のときに重視されるのは、主に次の3つです。
- 緊急性(病状がどれくらい深刻か)
- 時間帯
- 患者さんと薬局・薬剤師との信頼関係
カスハラで調剤を断れる5つのケース
通知では、カスハラについて「こういう行為があれば、断る理由として大きな判断材料になる」という型が示されています。
| 行為の型 | 具体例 |
|---|---|
| ① 暴力・威嚇 | 身体的な暴力、物を投げる、机を叩く、大声で恫喝する、脅す |
| ② 暴言・人格否定 | 侮辱的な言葉や、人格を否定する発言をくり返す |
| ③ しつこい謝罪要求・拘束 | 土下座の強要、数時間の居座り、しつこい電話 |
| ④ 揚げ足取り・不当な追及 | 調剤と関係ないクレームをくり返し、説明しても納得せず言葉尻をとらえて責める |
| ⑤ 犯罪にあたる行為 | 暴言のレベルを超えて、刑法上の犯罪にあたる行為 |
さらに、あわせて考えるべき事情として、
- 執拗な言動で集中できず、調剤ミスを起こしかねない
- 薬局内で騒いで、ほかの患者さんの安全やプライバシーが守れない
も挙げられています。
「現場の安全」がきちんと判断材料に入ったのは、正直ほっとしました🌿
ただし「カスハラ=即お断り」ではない
ここは大事なポイントです。
通知では、カスハラにあたるだけでは足りず、「調剤の土台になる信頼関係が、すでに失われているか」で判断するとされています。
例として挙げられているのは、
- 調剤と関係ないクレームなどの迷惑行為が続いている
- 警告書を出したり、複数人で説得したりした
- それでも迷惑行為が続く、改善されない
というケースです。
つまり、いきなり断るのではなく、段階を踏んで対応した記録が必要ということですね。
また、精神疾患などの背景がある場合は、医療機関や行政と確認・連携したうえで判断が必要なこともあるとされています。
正当な指摘はカスハラではない
もうひとつ、忘れてはいけない点があります。
調剤内容や接遇についてのもっともな指摘、説明を求めること、改善してほしいという意見は、カスハラではありません。
通知でも「医療の質の向上につながるもの」として、断る理由にはならないと明記されています。
カスハラ以外で断れるケース・断れないケース
カスハラ以外にも、断れる場合が整理されています。
断れる可能性があるケース
- 薬剤師の不在、災害などで物理的に調剤できない
- 処方医に連絡がつかず、疑義が解消できない(ただし近くに住む患者さんなら、処方箋を預かって後で照会して調剤する)
- 急ぎの薬だが、取り寄せに時間がかかる(ただし、すぐ調剤できる薬局を責任をもって紹介する)
- 流通管理が必要な薬(メチルフェニデート製剤など)で、処方医や薬局が登録されていない
- 重複投薬のアラートが出て疑義照会したが、処方が変わらず、薬学的に見てなお疑わしい
- 開局時間外で、緊急性がない(翌日の来局を案内する。夜間・休日に対応している薬局の紹介が望ましい)
- 悪意のある未払い(過去の未払いが続いていて、また払われない可能性が極めて高い、など)
断れないケース
ここで私がドキッとしたのが、この一文です。
処方箋に記載された医薬品がその薬局に備蓄されていないことを理由とした拒否は認められないものであること。
今は限定出荷や供給停止の薬が本当に多く、「在庫がないので……」と言いたくなる場面が少なくありません。
でも、在庫がないことだけを理由に断るのはNGです。取り寄せや、ほかの薬局の紹介など、患者さんが薬を受け取れるように動く必要があります。
※供給不足の薬への対応は、こちらの記事でもまとめています。
「調剤はしても薬は渡せない」場合もある
通知では、調剤応需義務とは別に、薬機法の考え方から「薬を渡してはいけない」場合も整理されています。
- 年齢・アレルギー・併用薬などの情報を一切教えてもらえず、安全に使えるか判断できない
- 薬剤師による必要な説明や服薬指導を拒否され、正しく使ってもらえない
- 過去の薬の情報を見ることに同意が得られず、聞き取りをしても重複投薬などが確認できない
「急いでるから説明はいらない!」と言われることは、薬局では日常茶飯事です。
ただ、説明を全部カットして渡すことが、患者さん自身の安全につながらない場合もある。その根拠が通知で示されたのは大きいと感じました。
病院から薬局に来て感じた、窓口のリアル
ここからは、私自身の話です。正直に書きます。
払えない、でも薬は必要——未払いが続く患者さん
以前勤めていた店舗に、長いあいだお支払いが滞っている患者さんがいました。
未払いの合計は、薬局にとって決して小さくない金額になっていました。
まったく払ってくれないわけではありませんでした。ときどき返済にも来てくれました。
でも、払ってくれるのは以前の少ない分が中心で、最近の分はなかなか払われません。結果として、未払いは少しずつ膨らんでいきました。
以前は公的な支援を受けていた方で、途中でその支援から外れていました。実際に手元のお金も少なかったのだろうと思います。心の病気も抱えていらっしゃいました。
当時は「どう対応するのが正解なんだろう」とモヤモヤしたままでした。今回の通知を読んで、あらためて考えてみました。
通知で断れるとされているのは「悪意のある未払い」です。そして、生活が苦しい場合や、薬がないと命や体に重大な影響が出るおそれがある場合には、適切に対応するよう書かれています。
つまり、このケースは「未払いを理由に調剤を断る」という話ではないんですよね。
必要なのは断ることではなく、
- 返済の順番や金額を、ご本人と一緒に整理する
- 自治体の福祉の窓口や主治医の先生に相談し、使える支援がないか一緒に探す
- 対応した内容を記録に残す
といった「関係機関と連携しながら、薬を届け続ける方法」を考えることなのだと思います。
通知にある「精神疾患などの背景があるときは、医療機関や行政と連携して判断する」という一文は、まさにこういうケースのためにあるのかもしれません。
急かされるのは「カスハラ」なのか
もうひとつ、前の店舗でも今の店舗でもときどきあるのが、「まだ?」「早くして」と急かされることです。
病院では、患者さんと薬剤師の間に病棟や外来のスタッフがいました。
薬局では、待ち時間のストレスがそのまま窓口の薬剤師に向かってきます。これは薬局に来て一番の違いかもしれません。
ただ、通知の基準に当てはめてみると、急かされること自体はたいていカスハラにはあたりません。
待ち時間についての不満は「もっともな指摘」の範囲であることがほとんどです。
一方で、机を叩く、大声で怒鳴る、何度も執拗に責め立てる、となれば話は別です。「どこからがカスハラか」の線引きが文章で示されただけでも、現場の気持ちはずいぶん楽になると感じました。
どの薬局も、まだ手探り
日本薬剤師会の調査でも、現場からは「カスハラの事例集や対応マニュアルを整備してほしい」という声が上がっています。
私のまわりを見ても、カスハラや未払いへの対応は、まだどの薬局も手探りという印象です。
結局、そのとき窓口に立っている薬剤師が、ひとりでなんとかしている場面も多いのではないでしょうか。
通知が「警告書を出す」「複数人で説得する」といった段階的な対応を前提にしている以上、個人の我慢ではなく、薬局として仕組みをつくることが欠かせないと感じています。
10月からのカスハラ対策義務化に向けて、薬局がやっておきたいこと
2026年10月1日から、改正された労働施策総合推進法によって、カスハラ対策が事業主の義務(雇用管理上の措置義務)になります。
薬局も例外ではありません。今回の通知をふまえて、最低限やっておきたいことをまとめました。
- 対応の流れを決める
注意 → 警告(書面) → 複数人での対応 → 最終判断、という段階を決めておく - 記録を残す
日時・言動・対応した人・内容を残す。「信頼関係が失われた」と判断する根拠になります - ひとりで対応しない
管理薬剤師や本部にすぐ相談できる体制をつくる - 未払いのルールを決める
分割払いの取り決めや、関係機関(自治体の福祉の窓口など)への相談の流れを決めておく - 在庫がないときの対応を決める
取り寄せの目安や、近隣の薬局に紹介するときの手順を共有しておく
管理薬剤師の方は、ぜひ一度、職場で話し合うきっかけにしてみてください。
具体的なマニュアル例はこちら → 薬局のカスハラ・未払い対応マニュアル例【厚労省通知をもとに現場の薬剤師が作ってみた】
まとめ
- 調剤応需義務は「国に対する義務」で、患者さんに対する義務ではないと明記された
- カスハラで調剤を断れる行為の型(暴力・暴言・拘束・不当な追及・犯罪行為)が示された
- ただし信頼関係が失われたかどうかがポイントで、警告や複数人での対応など段階を踏むことが前提
- 在庫がないことだけを理由に断るのはNG
- 生活が苦しいことによる未払いは、断る理由ではなく関係機関と連携して向き合う課題
- 10月のカスハラ対策義務化に向けて、薬局として仕組みをつくることが大切
「薬剤師だから我慢しなきゃ」と、ひとりで抱え込んでいる方も多いと思います。
今回の通知は、薬剤師を守るためのものでもあり、同時に患者さんを守るためのものでもあると私は受け取りました。
少しでも参考になれば嬉しいです😊
参考
- 厚生労働省 医薬発0708第1号「薬剤師の調剤応需義務等について」(令和8年7月8日). https://www.mhlw.go.jp/content/001720004.pdf
- 政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容」. https://www.gov-online.go.jp/article/202510/entry-9370.html


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